【最終更新日:2019/01/09】

起こった事より、受け止め方が大切

何が起こったかは些末な事

起こった事をどう受け止めるか。

それで全てが決まる

医学書に掲載されているお話。

人間は出来事そのものよりも、その出来事をどう受け止めるかで心身に起こる変化が左右される

これは医大向けの医学書(生理学)に掲載されている一文です。

つまり「医学的根拠がある」という事です(笑

心と体は繋がっている

これは整体やカイロプラクティックの世界では随分昔から言われてきました。

ですが、お医者さんからは非科学的だとボロカスに言われてきました。

昔は腰痛とストレスの関係すら非科学的だとボロカスに言われていたのです。

でも、10年前の医学書にはしっかり「心身の繋がり」が載っています。

医学って結構こういうところがあるのです。

科学が臨床においついてきた

過去に医学が否定したことを、医学が後に肯定する。

これだけ見ていると、西洋医学が東洋医学や代替医療に追い付いてきた感すらあります。

兎にも角にも「出来事をどう受け止めるか」で心身に現れる現象は変わる。この事だけは覚えておいてください。

「何で俺が」と悲観的に受け止めない事

ヘルニアや脊柱管狭窄症などは誰にでも起こるものではありません。神経痛で寝たきりなんて会社に1人出るか出ないかのレベルです。

そんな僅かな確率に
自分が当たった。

誰もが心底「何で俺が」「何で私が」と自分に降り掛かった状況を嘆きます。

私だってそうでした。

自分以外になってもいい人なんて沢山いるだろう」と本当に心が荒みました。

そうやって心が落ちていくのは仕方がありません。無理に抵抗しても辛いだけです。ただ、落ちるだけ落ちた後は「不幸にしがみ付かないで欲しい」のです。

起きてしまった事は戻らない。仕方がない。これはこれで何か意味のある事なんだろう。

こんな気持ちになればもう安心です。

気持ちが底打ち、上へと向かっています。「自身に降り掛かった出来事」に対する受け止め方が変わった証拠です。

身体を壊したからこそ生まれた時間が沢山あると思います。その時間を使って今まで考える余裕が無かった事をゆっくり考えてみてください。

壊れるまで頑張った身体を労わろう

その痛みを発症するまで、たった一人で耐え続けたのは「あなたの身体」です。

自分自身の身体を
一度労わってあげて欲しい。

必死のパッチで耐えてきたのに、身体を壊してから「何でここで壊れた!」「あと少し辛抱してくれていたら!」と身体が責められるケースは結構多いです。

身体を酷使し続けた自分を棚に上げて。

私達の身体は本当に優れたシステムを持っており、ちょっとやそっとの事ではヘルニアや神経痛などは起こしません。基本ぐっすり眠れば回復します。

その回復が追い付かないくらいに酷使して、労わらずに追い詰めてしまったのは私達自身です。

身体は何も悪くありません。日頃から「限界が近い」とメッセージも出していました。私たちが気付けていなかっただけなのです。

今、人生における強制ブレーキを踏まれた皆さんには是非、ここまで必死のパッチで頑張ってきた身体を褒めてあげて欲しいです。

「良く頑張ってくれたな。
これからも宜しくな」と。

そして「今まで気づいてやれなくてごめんな」と身体に対して非を認めてあげてください。

ギックリ腰、腰痛、ヘルニア、神経痛という出来事を身体と向き合うきっかけとして受け止めてください。

その時点で辛い症状も、生活の支障も大きな意味ある出来事に生まれ変わります。

結局は「受け止め方」1つなのですから。

失う事を恐れるな

今までの日常が崩れる事で「失うもの」「変化するもの」は当然出てきます。

どうしても初めは「失うもの」に目が向きがちですが、いっそのこと「断捨離」をするキッカケにしましょう。

これを機会に「無駄なもの」をドンドン省いていくのです。

辛い時には身軽になる。

身軽になると色々な重荷がおろせるので心身共に楽になれます。

失ったものを取り戻そうとするから重たくなるのです。

「来るもの拒まず、去る者追わず」な気持ちで向き合ってください。

必ず、新しい自分になれば新しい何かがやってきますから。

相談はお気軽にどうぞ

初めての症状を自分一人で受け止めるのは大変です。

最初だけでも専門家の力を借りたいと思った場合はお気軽にご相談ください。

通院前提ではなく、在宅前提での復活プログラムを一緒に作りましょう!

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