「治療とは哲学である」
神業を誇る匠は
例外なくこの言葉を口にする
揺るぎない自信と共に
治療とは「哲学」である
「施術とは登山である」の例えから戻りますが、カイロプラクティックという技術は基本的に3つの概念で構成されています。
- 科学
- 芸術
- 哲学
ただ、私がヘルニア患者として初めてカイロに接した時、この3大概念は全く頭に入ってこなかった事を覚えています。
「何が芸術だよ、何が哲学だよ。学者か!」と感じたのです。
ですが今は違います。
本当に手技療法とは「科学」「芸術」「哲学」が編み込まれた「1点物」の作品です。
カイロプラクティック医学とは「科学」
3大概念の一つ「科学」とはカイロプラクティック医学そのものです。日本では民間療法という扱いですが、欧米ではカイロも「医学」の1分野です。つまりカイロプラクティックとは「医科学」です。
日本ではカイロは背骨の「矯正術」という認識ですが、実際は「医学的根拠に基づいた治療行為」というのが国際的な認識となります。※日本では国家資格化がされていませんので「施術行為」となります。
決してカイロプラクティックそのものが危険だ・科学的根拠がないというものではありません。科学的根拠は国外で幾らでも発表されています。
それが医学界に認められるかどうかは別として。
磨かれた手技は「芸術」に昇華する
磨かれた「手技」は正に芸術作品です。
- 人の手で働きかける
- 時に手は検査具となる
- 時に手は施術具となる
1つの手が様々な役割を担い、流れるような動作の中で矯正は完結します。優れたカイロプラクターの施術はそれ自体が「芸術」の域に達しています。見ているだけで「見事!」と言いたくなるのです。
流れを追うだけで「綺麗だな」と感じる所作。それは「外科医のメス捌き」に近いものでしょう。磨かれた技術に無駄は一切無いのです。
「哲学」とは治療家そのもの
ここはメモって下さい
私が3大概念の中で最も重要視するのが「哲学」です。これは「治療家」の写し鏡です。
HPや広告物において「実績」よりも「院の哲学」部分がしっかり掲載されているかどうか。そこが信頼できる施術家の別れ道です。「哲学無き治療家」に身体は託すべきではない。
- 科学:カイロの知識
- 芸術:磨かれた技術
- 哲学:院長のスタンス
院の施術は「哲学」の方向性で決まります。院長が持つ独自の「哲学・解釈」がその院の施術スタイルとなるからです。
その為、同じカイロの看板でも内容は院長ごとに全く異なります。それが「当たり前」の世界だと知って下さい。当たり前田のクラッカーなのです。
おさらいしましょう。
- 「俺はこんなに凄いんだ」
- 「俺はこう考えているんだ」
私が信頼するのは「2」の方です。